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神戸地方裁判所 昭和60年(ワ)133号 判決

原告 福寿好一

右訴訟代理人弁護士 中尾英夫

被告 松本茂

右訴訟代理人弁護士 田辺重徳

主文

一  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地のうち、別紙図面のの部分を明渡せ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)のうち、別紙図面のの部分(一一八一・三四平方メートル。以下「部分」という。)を明渡し、かつ、昭和六〇年二月六日以降右明渡済みに至るまで一か月金五万円の割合による金員を支払え。

2  主文第三項と同旨。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、本件土地を所有している。

2  被告は、昭和六〇年二月六日以前から本件土地のうち部分を畑として使用し、これを占有している。

3 部分の賃料相当額は、昭和六〇年二月以降一か月金五万円を下らない。

4  よって、原告は被告に対し、所有権に基づき、部分の明渡とともに昭和六〇年二月六日以降右明渡済みに至るまで一か月金五万円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1及び2の事実は認め、3の主張は争う。

三  抗弁

1  松本舜介(以下「舜介」という。)は、昭和三八年ころ、原告との間で部分を含む本件土地の全部を普通建物所有の目的で賃借する旨の契約を締結した。

2  舜介はその後死亡し、その子である被告が相続により同人の権利及び義務を承継した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

原告が舜介に賃貸したのは、本件土地のうち別紙図面のの部分(六二二・一二平方メートル。以下「部分」という。)のみであり、部分は賃貸していない。

2  同2の事実は認める。

五  再抗弁

1  (賃貸借契約の無効)

仮に原告と舜介との間で部分をも含めて本件土地の全部について賃貸する旨の契約が締結されたとしても、部分は契約締結当時現況農地であったから、農地法三条所定の許可がない限り無効である。

2  (解約の申入)

(一) 被告所有の建物は部分上に建築されており、部分はその敷地部分とは段差があって明確に区別できる状況にあり、現に畑として使用されているものであるから、この部分については建物所有目的の賃貸借であるとはいえず、したがって、借地法の適用はなく、民法六一七条の規定により解約の申入後一年間で終了するというべきである。

(二) 原告は被告に対し、昭和六〇年二月五日に送達された本件訴状をもって、部分の賃貸借契約を解約する旨の意思表示をした。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1(賃貸借契約の無効)の事実は否認する。

部分は、賃貸借契約締結当時山林であり、その後被告が開墾して畑としたものである。

2  同2(解約の申入)の(一)の事実は否認する。

部分は、被告において家庭菜園として利用しており、また、被告が本件土地上に所有している住居の日照、通風、プライバシーの保護等にも寄与しているのであるから、住居としての建物本来の使用目的に沿うものであり、これを含む本件土地の全体について建物所有目的の賃貸借として借地法の適用がある。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁について検討する。

《証拠省略》によれば、本件土地は、もと地番五六番の山林二一四五平方メートル(以下「五六番の土地」という。)の一部であったが、原告は、昭和三〇年ころ、五六番の土地のうち東北部分を喜田に賃貸し、同人は間もなく同土地上に建物を建築したこと、舜介は、昭和三八年ころ、居宅を建築するため原告から同所の土地を賃借することになったが、昭和三九年七月二〇日ころ原告が作成して舜介に差入れた契約書には、土地貸付条件として「喜田氏使用以外の土地をお貸し致します。」との文言が記載されていること、舜介は間もなく五六番の土地の北西部分(すなわち、本件土地の部分)の上に北側に寄せて建物の建築に着手したが、その当時五六番の土地の南側部分(すなわち、本件土地の部分)は、一部に廃材等が放置され、一面雑草の繁茂した荒地の状況であり、部分との間には僅かな段差があって部分の方がやや高くなっているものの、明確に両者の区別を示すようなものは存在しなかったこと、舜介の子である被告は、昭和三八年一〇月ころから部分上に完成した建物に居住し、その後部分の一部を開墾して野菜を植え、いわゆる家庭菜園として利用し始め、昭和四〇年前後に一時原告において部分の東側半分に芋を植えて使用したこともあったが、間もなくこの部分も含めて被告が使用するようになり、現在は部分の約四分の三を家庭菜園として使用していること、舜介又は被告が原告に支払った賃料の額は、昭和三八年一二月に支払った昭和三九年度分が金二万円であるのに対し、遅くとも昭和四三年一二月支払分以降昭和五八年度分までは年額金一万五〇〇〇円であるところ、この差額金五〇〇〇円は、原告が部分の東側半分を使用することになったため減額されたものであること、原告は、昭和五九年一二月ころ、五六番の土地を従前喜田に賃貸していた部分(五六番二)とそれ以外の部分である本件土地(五六番一)とに分筆した上、前者を喜田に売却したこと、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右に認定した事実によれば、舜介は、昭和三八年ころ、原告との間で五六番の土地のうち既に喜田が賃借している部分を除く残り全部、すなわち、部分を含む本件土地の全部を建物所有の目的で賃借する旨の契約を締結したものと認められる。

そして、舜介がその後死亡し、その子である被告が相続により同人の権利及び義務を承継したことは、当事者間に争いがない。

三  ところで、原告は、再抗弁1(賃貸借契約の無効)において、部分は賃貸借契約締結当時現況農地であったから、農地法三条所定の許可がない限り同契約は無効である旨主張するが、原告と舜介が昭和三八年ころ本件土地について賃貸借契約を締結した当時、部分が一面雑草の繁茂した荒地の状況であったことは前記認定のとおりであり、これが農地、すなわち耕作の目的に供される土地であったと認めるに足りる証拠はないから、右の主張は採用の限りでない。

四  次いで、再抗弁2(解約の申入)の主張について判断するに、土地の賃貸借において、当該土地の全体について建物所有を目的として一個の契約をもって締結された場合でも、借地法が適用されるのは、建物所有に通常必要であると客観的に認められる範囲ないし現実に当該建物の所有に必要であると認められる範囲に限られ、これを超える部分については借地法の適用はないものと解すべきである。けだし、借地法は、借地権の存続期間を法定し、契約によっても一定期間に満たない存続期間の定めはこれを無効とし(同法二条、一一条)、また、存続期間が満了しても、建物が存在する限り、土地所有者が遅滞なく異議を述べ、かつ、これに正当の事由がなければ契約は更新したものとみなされる(同法四ないし八条)など、借地権に特別の保護を与えているが、これは、借地権者が建物所有の目的で行う土地の使用を全うさせるためであるから、その保護を受けるのは、建物所有の目的のために通常必要であると客観的に認められる範囲ないし存在する建物の所有に現実に必要であると認められる範囲に限定するのが相当であり、これを超えてそれ以外の部分についても借地法の適用を認めれば、土地の有効適切な利用を阻害する結果になりかねず、かえって借地法の目的に背馳する虞れがあるからである。

そこで、本件についてみるに、《証拠省略》によれば、被告は、部分上に北側に寄せて木造瓦葺平家建の居宅二棟を所有しているが、その南側はアスファルトで舗装された庭状の空地となっており、その一角に部分との境界に接して片流屋根で覆いをしただけの周囲に壁のない車庫が設けられているものの、部分のうち建物の敷地部分に比べこの南側の空地をはじめ建物を囲繞する空地部分の方が遙かに広いこと、部分と部分との間にはほゞその境界線に沿ってコンクリートブロックを積んだ高さ約三〇センチメートルほどの縁石が設けられ、部分側はここから相当の段差をもって高くなった土堤に続き畝の作られた畑の状況になっており、部分の面積は部分のおよそ二倍であること、なお、本件土地のうち別紙図面のの部分は、部分と隣地の喜田所有地(従前五六番の土地の一部であった部分)との間にあって、舗装された道路となっており、北側の公道から部分や部分等に至る通路として使用されていること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定した事実及び先に認定した部分の使用状況等からすれば、部分は、被告所有の建物の敷地及び囲繞地である部分とは明確に区別される状況にあり、従来専ら家庭菜園としてのみ使用され、建物の敷地等として使用されたことは一度もないというのであり、被告所有建物の規模、用法等に照らして、部分がなければその所有目的を全うすることができないとは到底いえないし、また、同部分を家庭菜園として使用しなければ同建物を住居として使用する上で著しい不便があるというような特別の事情も見当らない。そうすると、結局、部分は、建物所有目的のために通常必要であると客観的に認められる範囲ないし存在する建物の所有に現実に必要であると認められる範囲には含まれないといわざるを得ず、したがって、この部分については借地法の適用はなく、期間の定めのない賃貸借であるから、民法六一七条の規定に従い、解約申入の後一年を経過することにより終了するものと解すべきである。そして、原告が被告に対し、昭和六〇年二月五日に送達された本件訴状をもって、部分の賃貸借契約を解約する旨の意思表示をしたことは、本件記録上明らかであるから、原、被告間の本件土地の賃貸借契約は、部分に限り、同日から一年後の昭和六一年二月五日の経過をもって終了したものと認められる。

五  請求原因3の主張について検討するに、被告が部分について賃貸借契約の解約の効力が生じた昭和六一年二月六日以降も同部分を占有していることによって、原告が相応の損害を蒙っていることは否定できないところであるが、その損害の額が一か月金五万円であることはもとより、いくらであるかを認定するに足りる証拠はない。もっとも、《証拠省略》によれば、分筆前の五六番の土地に対する昭和五九年度の固定資産税として金九万四六二〇円の課税がされていることが認められるけれどもこのことから直ちにその一部である部分の賃料相当額を推認することは困難であるのみならず、部分を含む本件土地の全部の賃貸借において、賃料は当初年額金二万円と定められ、その後金一万五〇〇〇円に減額されて長年これが維持されてきたことは、先に認定したとおりであるところ、このような事情をも併せ考慮すれば、右損害の額は、俄かに確定し難いところである。

六  以上の次第であれば、原告の本訴請求は、部分の明渡を求める限度において理由があるから、その範囲でこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条ただし書を適用し、なお、仮執行宣言の申立は相当でないのでこれを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判官 萩尾保繁)

〈以下省略〉

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